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『海よりもまだ深く』

映画

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ストーリー:15年前に1度だけ文学賞を受賞したことのある良多(阿部寛)は、「小説のための取材」と理由を付けて探偵事務所で働いている。良多は離婚した元妻の響子(真木よう子)への思いを捨てきれず、響子に新しく恋人ができたことにぼうぜんとしていた。良多、響子、息子の真悟(吉澤太陽)は、良多の母・淑子(樹木希林)の家に偶然集まったある日、台風の一夜を皆で過ごすことになり……。

 

 

 

80点

 

 

 

日々生活していく中で、どうあがいても自力では変えられない「血縁」「時間の流れ」という2つの要素を面白おかしく、それでいて現実社会の厳しさからは目を背けずに、隅々まで丁寧に描いた良作。

 

是枝監督の作品を見ていつも感心するのは、細かい台詞ややり取りが実に巧みであるという事。誰にでも分かりやすく、それでいてわざとらしくなく「生活感」や「現実感」を生み出すのが本当に上手い。

今回も登場して早々、良多(阿部寛)がお供えのお餅にかじりつくシーンや(ながら作業で無造作に左手で掴み取るのがいい)自家製アイスのくだりや2人の容器が微妙に違うところなど、「相変わらず良い演出をするなあ」と感心してしまった。

 

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一見無頓着に見える良多が湯船の細かなカスにはやたら神経質なのとか、冷凍物の賞味期限なんか気にして指摘されるのとか。自分の父親がまさにこういう感じだから、すごくよくわかる。ちょっと笑える「あるある」感は是枝作品の魅力の一つですよね。

 

話の内容は、前作の『海街diary』以上に地味だが(華やかな登場人物も今回は少ないし)それだけに深く彼ら彼女らの心境について考えさせられる、あるいは直視せざるを得ない作りになっている。特に同じ男として(年は少し離れているけれど)良多には共感せざるを得ない。

いくつになっても「自分はまだ、違う自分になれるんじゃないか」という想いが生きる原動力になるのは事実だと思う。しかし一方で、家族が出来たり親が年老いていく様子を目の当たりにすることで、否が応でも突きつけられる年齢的な限界というものもある。

まさにその狭間で揺れ動く、自分では限界を感じつつもまだそれを認めたくない中年男性の葛藤を阿部寛が熱演。

 

別れた女性の肉体関係が気になってしまうのとか(「したのか?したのか?」は笑ったけど)、自分の父親を見ながら「ああはなりたくない」と思いながらも、嗜好や行動、気づけば人格的な部分まで似てきていたりと、男性特有の弱さを見せつつも暗くはならない、それでいて最後は少し涙してしまう見事な演技でした。

 

またストーリーが地味なだけに彼の職業を探偵にしたのも大正解だったと思う。別れた元嫁を監視するという重要な役割を持つ一方で、起伏の少ない話の中に彼が仕事をこなすシーンは少しの緊張感をもたらすからだ。(相変わらずの、関西弁を話す女は厚化粧でヒョウ柄を着ているというステレオタイプな無神経演出にはウンザリだけど)

 

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加えて毎回「ハズレなし」の演技を見せてくれるリリーさん。今回の興信所の所長もハマり役。良多にすごむシーンとかほんと怖かったし。「一見良い人、でも内情は・・」って感じの役柄、本当に上手。

 

劇中登場人物たちが何度か口にする「人は何かを失ってから初めて大切さに気づく」「こんなはずじゃなかった」という台詞。その対象は人それぞれ。職業、家族や恋人、時間、お金あるいはその全てかもしれない。でも誰もが多少なりとも身につまされる思いのする作品だと思う。

 

私達はこれからも、自分の力ではどうにもならない事で日々思い悩むのだろう。現実の残酷さに涙し、止むを得ず何かを諦めなければならない時もある。それでも小さな幸せに喜びを見出し、明日が来る限り新しい一歩を踏み出さなければならない。その繰り返しがきっと、生きていくという事なのだ。彼らがそうであったように。